子持ちワーママの独り言

男の子2人(中学生と小学生)持ち、4人家族のワーママ(現在有給消化中)です。

パンツが見える。―羞恥心の現代史 井上章一

「パンツが見える。」という、パンツについて真剣に考える本を読んだ。
この本に興味を持ったのは、1日7冊の本を読んだ米原真理がオススメしていたから。

インターネット書店で購入したからいいものの、店頭で手にしてレジに行く勇気は持てない。 レモン色の表紙、赤地に星模様のパンツを丸出しにした女。パンツから陰毛らしきものがはみ出している。ピンク色の帯に「あなたは、ウレシイか?」と大書してある。ちょっと営業先、間違えていないか? これを「ウレシイ」と思う人たち は、本書の内容に関心持たないだろうし、関心持つだろう読者は、この表紙で引いてしまうよ。
ああ勿体ないと嘆かわしくなるほどの名著なのだ。

打ちのめされるようなすごい本

 

ウワサに聞いていた表紙に確かに図書館でビックリしてしまったけど、複数冊を重ねてサッとスマートに貸し出しを依頼。この程度ならお手の物。

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表紙。

 

パンツにまつわる多種多様な文献からから各時代のパンツ事情を解明した超力作

まず、1932年、東京日本橋の一流デパート白木屋で起こった日本初の高層ビル火災が発生しその際に「当時ノーパンだった女性が下に集まった野次馬に見られるのを恥ずかしがり、転落死を選んだ」と聞いたことがあったけど、それは事後に作られた話だったことがこの本で解明。

和服の際はノーパンが普通(!!)で、トイレも男女の区別はなく(!!)大小の区別しかなかった時代の紹介や、寅さんの「粋な姐ちゃん立小便!」(!!)の背景の紹介などから始まり

・ズロースの登場

・何枚も重ねて履く文化の登場

・色も形も多様性を持ち始めてスキャンティーが登場して現在に至るまで

などを丁寧に解説。

 

 

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ズロース

 

何枚も重ねる文化については、小説の一節が引用されていたり。

海に生くる人々(葉山嘉樹・1926年)からは

この説には、三上というたいそう助平な船乗りが登場する。「沖売ろうのねえさん」も、三上のいる にいく時は、用心深くふるまった。
「もし三上がいるとすれば、沖売ろうのねえさんは・・・・・いじめられるのであった。彼女はそれを覚悟で、二重に猿股をはいて、本船へ、彼女のパンを得べく沖売ろうに来るのであった」
サルマタを二枚がさねで身につける。 それで、男の獣欲に抵抗しようというのである。

蟹工船(小林多喜二・1929年)からも、

竹田という男が、ある「沖売の女」におそいかかった。だが、けっきょくは性交にまでいたれない。うまくいかなかった理由を、事情通の男がこう語っている。
 「猿又はいているんだとよ。竹田がいきなりそれを力一杯にさき取ってしまっ 下にはいてるって云うんでねか。-三枚もはいてたよ・・・・・・」 
沖売りの女が、サルマタを二重三重にはいている。そのことじたいは、あまりめずらしくもな い現象であったということか。

カラーパンティの登場の紆余曲折については、

「狂った欲望」(園生義人 一九五九年)という推理小説がある。作中、死体として発見された女 子高校生は、「ピンク色のパンティ」をはいていた。とりしらべにあたった二人の刑事は、それ を見てこんな感想をしめしている。 「不良がかった生徒だと思います」「堅気の 女は使わんからな。」

と、とりあえず発売はされたものの差別的な扱いを受けてたようで一般に広がるまでは時間が掛かった模様。

 

「パンツが見える」と言えば、私が通ってた高校の校舎の一部の階段に隙間があって、

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こんな階段だった。

この階段を使うときは、女子生徒はいつも両手で左右から前にスカートを押さえながら昇ってた記憶。

そしてこの階段の下にはいつも男児生徒がたむろしてた。そして時には男性教師が加わってる時も…。

 

今はパンツを履くのが当然で、生まれたその日からオムツというパンツを履いて今日まで過ごしてきたけど、時代が違えば常識も違って色々と感慨深い。

パンツの歴史についてじっくり思いを馳せたい方にお勧めな本。

 

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